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  秋季特別展「龍馬の海軍構想~海舟・佐藤与之助(政養)と同志たち」見どころ-2
   龍馬の兄弟子 佐藤与之助(政養)維新後も近代化に貢献
 
   10月24日から開幕した秋季特別展「龍馬の海軍構想~海舟・佐藤与之助(政養)と同志たち」では、勝海舟の門人として坂本龍馬の兄弟子・佐藤与之助の業績を、初公開をふくむ豊富な資料で紹介しています。
 佐藤与之助は、文政4年(1821)出羽国遊佐郷(現在の山形県遊佐町)に農民の長男として生まれました。江戸に出て34歳の時に海舟の門人となり、西洋砲術などを修めました。その後、海舟に従って長崎海軍伝習生となり、フルベッキから測量や軍艦操練を学びました。
 のちに神戸周辺台場御用となり、海舟のもとで台場工事のほとんどを指揮しました。元治元年(1864)の神戸海軍操練所の開設に尽力し、教授方として龍馬らに海軍の知識を教えました。また、海舟に神奈川にかわる横浜開港を建言し、実現させたことから「横浜開港の父」と呼ばれています。
 維新後は、民部省の初代鉄道助(てつどうのすけ=次官)となり、新橋~横浜間の鉄道敷設に尽力したことから「鉄道の開祖」といわれています。さらに政治、経済、数学、地質学にもすぐれた見識をもち、数多くの著書を著して、日本の近代化に大きく貢献しました。明治10年(1877)没。
 本展覧会では、初公開を含む豊富な資料で佐藤与之助の業績を紹介します。その見どころの一部を紹介します。
ご来館のうえ、ぜひ実物をご覧ください。(明治以降の表記は佐藤政養としています)
【初公開】佐藤与之助 湿版写真         (佐藤政養先生顕彰会蔵)
 慶応2年(1866)2月、与之助46歳のときに撮影された湿版写真。右手にはピストルを持っています。
 当時、幕府から摂海砲台築造や大砲鋳造を仰せ付けられ、この年の4月には大坂鉄砲奉行となりました。
摂洲海岸辺神戸付近海防御固之図             (霊山歴史館蔵)
 この絵図は、尼崎城下から須磨村にいたる西摂地域の海岸防備の状況を描いたもの。幕府は文久3年(1863)5月に、和田岬はじめ4ヶ所において近代的洋式台場の築造に着手しますが、当時佐藤与之助は神戸周辺台場御用となり、勝海舟のもとで台場工事のほとんどを指揮しました。
 佐藤政養建白書 通商小言  佐藤政養建白書 貨幣之議
 
佐藤政養が明治2年(1869)4月に作成した貿易についての建白書。輸出の振興、商社の設置、民営化の推進など非常に進んだ政策を建白しています。(佐藤政養先生顕彰会蔵)
佐藤政養が明治2年(1869)3月に作成した貨幣についての建白書。紙幣と金貨、銀貨、銅貨についてアメリカの例を出すなど与之助の博識をうかがい知ることができる内容です。(佐藤政養先生顕彰会蔵)
 【初公開】佐藤政養譚 地殻図説附図           (増田恒男氏蔵)
 
 地質学、鉱学の本を佐藤政養が翻訳したもの。明治12年(1879)に東京の有隣堂が発行し、序を大鳥圭介が書いています。     
 佐藤政養作 官許新刊輿地全図  【初公開】佐藤政養作 測量三角惑問
   
 文久元年(1861)佐藤政養が作成した木版彩色の世界地図。メルカトル図法による精巧なもので、当時航海図として利用価値が高かったといわれています。(増田恒男氏蔵)    佐藤政養が、測量計算に不可欠な三角法を問答形式で判りやすく解説しています。明治5年(1872)5月発行となっています。(増田恒男氏蔵)
 
 
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