霊山歴史館
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      2014年初夏の展覧会 「幕末維新の英傑たち」見どころ
        松陰自筆の詩書や龍馬の肖像画・書状
 
 2014年初夏の展覧会「幕末維新の英傑たちは、吉田松陰、坂本龍馬、新選組などの資料を展示し、好評をいただいています。
 吉田松陰直筆の詩書や肖像画、坂本龍馬の書状・肖像画など幕末に活躍した志士たちの貴重な資料に加え、幕末の4賢侯と言われた越前・松平春嶽、宇和島・伊達宗城、土佐・山内容堂、薩摩・島津斉彬の詩書などの実物資料も多数展示しています。その見どころの一部を紹介します。
 この機会にご来館のうえ、ぜひご覧ください。

吉田松陰詩書    川本文庫蔵  坂本龍馬肖像画    霊山歴史館蔵

吉田松陰は、幼くして聡明で藩主・毛利敬親に兵学を講じたこともありました。江戸で佐久間象山に師事して、海外に目を開き、ペリー来航時に密航を企てるも失敗。萩の野山獄に投獄されました。その後、松下村塾を主宰し、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文など幕末維新の立役者を多く育てました。安政6年(1859)10月、安政の大獄で刑死。行年30歳の若さでした。この詩書は安政6年の江戸送致に際し、同志の土屋肅海に送ったもの。「吾志は百世後に聖人に理解されるだろう」とうたっています。松陰は、人生の中で21回命がけで物事に当たるとして「二十一回生」との号を用いています。

薩長同盟締結を推進するなど、幕末動乱のなかで、新国家を夢見た坂本龍馬は、慶応3年(1897)近江屋事件で33歳の短い一生を終えました。この肖像画は、明治6年高知生まれの日本画家・公文菊僊によるもの。公文は龍馬のほか、中岡慎太郎、武市半平太など土佐の志士を描くのを得意としました。
 吉田松陰 冤魂慰草                        川本文庫蔵  
 
安政元年(1854)松陰とともに黒船密航を企てた金子重輔は萩藩岩倉獄で過酷な取り調べを受け、獄中で病死しました。松陰は佐久間象山や久坂玄瑞らに呼びかけて、2年がかりで追悼文と俳句を集め、
冤魂慰草としてまとめました。さらに松陰は、獄中の食料費を節約し、墓碑建立の資金と「金百疋」を遺族におくりました。それは、「墓前石造花筒一対 寄付吉田氏」と刻まれ、現存しています。
  坂本龍馬書状 乙女宛(複製)                 霊山歴史館蔵

慶応2年(1866)12月、龍馬から姉の乙女に当てた手紙。「お龍が妻となったこと」「新婚旅行で霧島に行ったこと」「長州で戦争に参加したこと」「西郷のこと」などを記しています。霧島山の図には登山ルートをイ、ロ、ハと記号をうって詳しく説明。頂上の「天の逆鉾」の図も正面、側面から書き、新婚旅行の喜びを少しでも姉に伝えたいという気持ちが現れたものになっています。
 
  平野国臣紙縒和歌  霊山歴史館蔵 佐久間象山檄文(複製) 霊山歴史館蔵

平野国臣は文政11年(1828)福岡藩士の次男としてうまれ、幼いころから和歌や雅楽、漢詩などを修めました。文久3年(1863)生野の変で倒幕の挙兵を行いますが捕えられて、京都の六角獄へ収監されました。翌年7月の禁門の変の際、騒乱に乗じて在獄舎37名とともに斬首されました。行年37歳。この和歌は文久2年、福岡藩の獄に投ぜられた際に、筆、硯が許されない中、こよりを縒り、米で張り付けて詠んだもの。「冬枯れしさがのを分ける人もなし みのりの鈴のおと絶しより」

信州松代藩士・佐久間象山は嘉永3年(1850)江戸・深川藩邸内に砲術の塾を開設、吉田松陰、勝海舟、橋本左内らの人材を輩出しました。同6年松陰の密航事件に連座して、蟄居を命じられました。公武合体、開国佐幕の策士として活躍中、元治元年(1864)京都三条木屋町で暗殺されました。行年54歳。檄文は密航を企てた松陰を激励するもの。海外での見聞の重要さと帰国してからの活躍を期待する内容となっています。
  箱館戦争 新選組隊士名簿                            霊山歴史館蔵
 この名簿は、明治2年に元新選組隊士・島田魁が記したもの。箱館戦争(1868)で戦った隊士103名の出身、役職、年齢などが克明に記されています。文久3年(1863)に壬生浪士組として発足した新選組は、京都の治安維持活動に当たっていましたが、鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍として敗退。各地を転戦しますが、箱館戦争でも箱館新選組103人が新政府軍と戦ったことを示す貴重な資料です。土方歳三はこの箱館戦争で戦死しました。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
 
 
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