霊山歴史館
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     木村副館長が片岡愛之助さんと対談 いろは丸沈没事件の真相探る
         BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」 3月10日放送 
 
    歌舞伎俳優の片岡愛之助さんが捜査チーフとして歴史事件の真相を追及するBS日テレの人気番組「片岡愛之助の解明!歴史捜査」に木村幸比古副館長が出演、愛之助さんと対談し、「いろは丸事件」における坂本龍馬の思いなどを解説しました。番組は3月10日(木)に放送されました。 
 「いろは丸沈没事件」は、慶応3年(1867)4月23日深夜に瀬戸内海岡山沖で起こった紀州藩船「明光丸」との衝突・沈没事件。いろは丸は大洲藩(現・愛媛県大洲市)所有の蒸気船で、海援隊を組織していた坂本龍馬が借り受け、長崎から大阪に向けて物資を搬送中でした。
 賠償交渉は、事件後上陸した鞆の浦(広島県福山市)と長崎で行われました。龍馬は当時最先端の国際法「万国公法」を持ち出し、積み荷に高価なミニエー銃400丁を積んでいたなど巧みに交渉を進め、最終的には紀州藩から7万両(約35億円)の賠償金を勝ち取りました。
 木村副館長は、霊山歴史館所蔵の万国公法やミニエー銃を示すとともに、片岡愛之助さんとの対談で、龍馬の巧みな交渉術と多額の賠償金で蝦夷地(北海道)の開拓をもくろんでいたと解説しました。
 木村副館長は、土佐藩の庄屋出身の北添佶摩(きたぞえきつま)が蝦夷を視察し龍馬に情報を伝えており、ともに蝦夷地開拓を夢見ていたことや、その北添が元治元年(1864)の池田屋事件で殺害されたことなどを紹介しました。霊山歴史館には、北添が蝦夷地から母親に送った手紙の封筒が所蔵されています。
 多額の賠償金を得たものの、いろは丸事件から7か月後、坂本龍馬は京都・近江屋で暗殺され、蝦夷地開拓、さらには蝦夷独立国樹立という夢は潰えました。
 番組では、霊山歴史館所蔵の資料が多く紹介されました。
 霊山歴史館では春の特別展「近代日本の夜明け」を開催中。坂本龍馬や、新選組などの資料を多数展示しています。ぜひご来館ください。

 (下写真は番組から)
片岡愛之助さん(左)といろは丸事件の真相を探る木村副館長
木村副館長の紹介 万国公法
北添佶摩の手紙封筒 ミニエー銃を紹介
龍馬を斬った刀も紹介 池田屋事件細密模型
 
 
 
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