霊山歴史館
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    近藤 勇所用刀二振り 夏の特別展「新選組疾風伝」で初公開
        「陸奥大掾三善長道」と「阿州吉川六郎源祐芳」
 
 

 霊山歴史館では、2016年夏の特別展「新選組疾風伝」で新選組局長・近藤勇の所用刀 二振りを初公開します。当館では先に土方歳三の所用刀「大和守源秀國」を収蔵・展示しており、新選組の局長と副長二人の刀が約150年の時を経て京都で再会することになりました。

 今回展示する近藤の所用刀は「陸奥大掾三善長道(むつのだいじょう みよしながみち)」と「阿州吉川六郎源祐芳(あしゅうきっかわろくろう みなもとのすけよし)」(いずれも横浜市・個人蔵)。源祐芳は、拵え(こしらえ)も残っており、今回展示します。

 「陸奥大掾三善長道」は、池田屋事件(元治元年・1864)の褒章として京都守護職・松平容保から近藤勇が拝領したもの。銘から延宝5年(1677)8月に作刀されたとわかります。容保が褒美として贈った刀にふさわしい素晴らしい作品となっています。
 江戸・板橋で近藤が捕縛された際、土佐藩の谷干城が没収し、藩主を務めた山内家に献上したといわれています。谷干城は近藤率いる新選組が坂本龍馬、中岡慎太郎を暗殺したと生涯信じており、その近藤が大事にしていた刀だからこそ、旧藩主の殿様に献上しました。山内家は、終戦まで靖国神社の遊就館に展示していました。その後は個人蔵となり、公開されることはありませんでした。残念ながら現在、鎺(はばき=刀身を固定するための金具)は作り変えられ、拵えは残っていません。


                        「陸奥大掾三善長道」

 「阿州吉川六郎源祐芳」は、近藤勇の首級が京都の三条河原に晒された際、下僕がその首と一緒に会津に持ち去ったと伝わる近藤の愛刀。刃長は75.5cm、銘から慶応元年(1865)8月に作刀されたとわかります。刃紋は直刃(すぐは)で、見るからに武用刀。出来は土方の愛刀「大和守源秀國」とそっくりで、いかにも新選組が好みそうな実戦用の刀となっています。鎺は銀無垢で、下級武士が使う素銅(すあか)製ではなく、旗本クラスの佩刀と見ることができます。
 拵えの鞘は、一見黒の石目地塗りに見えますが、実は同色の漆で雲が全体に描かれています。地味ながら高価な共蒔絵風に仕上げられており。下級武士が持てるような拵えではありません。

 近藤勇と土方歳三の刀の再会をぜひ、その眼でご覧ください。  
                    
                      「阿州吉川六郎源祐芳」

 
 
 
 
 
 
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