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      2014年夏の企画展
  池田屋事件、禁門の変150年「新選組 京を駆ける」
 
   
 元治元年(1864年)6月の池田屋事件、さらに7月の禁門の変で、近藤勇、土方歳三ら新選組は、京都の治安と幕府を守るために大きな力を発揮しました。ときに近藤31歳、土方30歳、沖田総司は23歳の若者でした。
 両事件からことしで150年。新選組を中心に、彼らの思いと行動を、多くの資料、遺墨などから探ります。
 新選組三番隊組長で、会津戦争でも活躍した斉藤一の明治期の新発見資料も初公開します。


展覧会             2014年夏の企画展
     池田屋事件、禁門の変 150年
     「新選組 京を駆ける」
期 間 2014年7月23日(水)〜9月7日(日)
休館日 なし(期間中は全日開館します)
時 間 ・7月23日~8月31日 午前10時~午後6時半
・9月1日~9月7日   午前10時~午後5時半
(入館はいずれも閉館30分前まで)
料 金 大人700円、高校生400円、小中学生300円
(団体料金-20人以上-は大人600円、高校生300円、小中学生200円)
友の会会員は無料(会員証提示)
優 待 クーポン券または本展チラシをご持参いただくと、上記団体料金でご入館できます。
【お願い】 開館日等詳細は変更になる場合がありますのでご来館前に当サイトトップページや電話でご確認ください。電話:075-531-3773

「新選組 京を駆ける」開催に当たって
 元治元年(1864)は歴史が大きく動いた年である。新選組が6月5日夜、池田屋を急襲して浪士を斬り、多くを捕縛した。世にいう池田屋事件である。
 事件当夜、新選組は二手にわかれて探索を開始し、近藤勇隊は先斗町のお茶屋や高瀬川沿いの料亭、材木小屋を捜索した。当日は祇園祭の宵々山だった。三条小橋から西へ6軒目の旅籠・池田屋で浪士たちが密会中との情報を得た近藤隊は沖田総司、永倉新八、藤堂平助らを率いて駆けつけた。そして無謀にもたった4人で突入し、残りの隊士で池田屋の周りを固めさせた。その頃、土方歳三隊は祗園一帯のお茶屋をくまなく探索していたが、池田屋での乱闘を聞きつけて駆けつけた。土方らが踏み込んだことで一気に形勢が逆転し、池田屋から逃走した浪士らを幕吏らが捕らえた。密談の首謀者は肥後の軍学者・宮部鼎蔵で他に長州人や土佐人らが中心であった。話し合いの内容は、新選組に捕らえられた同志・古高俊太郎を奪還するかどうかだったという。
 そして池田屋事件の報が長州藩へもたらされると藩内は騒然となった。死亡した者の中には吉田松陰門下の吉田稔麿も含まれていた。 前年の八月十八日の政変で、長州藩は京を追われ、失地回復を企てていた時期とも一致し、率兵上京と相成った。この時、長州藩の家老らも京に向け進軍し、朝廷に藩主父子の赦免を求めて嘆願書を提出したが、本来の目的は京都守護職会津藩を追い落とすことであった。
 当初、薩摩藩の西郷隆盛はこの戦いはあくまで会津藩と長州藩の私闘であると静観の構えであったが、長州勢が三方から御所に向けて進軍すると、幕府側として長州勢と戦った。御所の蛤御門が最も激戦となり、長州藩の来島又兵衛はここで戦死する。また久坂玄瑞らは堺町御門を越え、公家の鷹司邸に立て籠もったが、ここで自刃した。そして長州勢は退却し、新選組の近藤らは敗走する真木和泉守らを天王山まで追撃し、真木ら十七士はここで自刃した。これが禁門の変や蛤御門の戦いと呼ばれる戦争である。この戦火は三日三晩燃え続け、市中の3分の2が焼失し、焼け出された京の町衆は大変な苦難を味わった。
 これらの事件から今年は150年を迎えるため、本展覧会を企画した。今回、新選組三番隊組長・斉藤一の新史料も初公開する。
   
                                    平成26年(2014)7月  霊山歴史館
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