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           2015年通年特別展 松陰をめぐる人びと
          第4期「薩長同盟から維新へ」
 
   
 慶応2年(1866)1月、薩摩藩・西郷隆盛、長州藩・木戸孝允らによって締結された「薩長同盟」。この同盟により、幕末の流れは倒幕へと大きく動き出します。
 第4期では、同盟締結に大きな役割を果たした坂本龍馬、中岡慎太郎の直筆書簡、維新へと続く戊辰戦争の資料などで激動の時代をひも解きます。




  
展覧会             2015年 通年特別展
          松陰をめぐる人びと
    第4期「薩長同盟から維新へ」
期 間 2015年9月8日(火)〜12月27日(日)
休館日 月曜日(祝日開館、翌日休館) *詳しくは開館カレンダーをご覧ください
開 館
時 間
午前10時~午後5時30分
*11月14日~11月29日は、午前10時~午後6時30分
(入館はいずれも閉館30分前まで)
入館料 大人700円、高校生400円、小中学生300円
(団体料金-20人以上-は大人600円、高校生300円、小中学生200円)
友の会会員は無料(会員証提示)
優 待 クーポン券または本展チラシをご持参いただくと、上記団体料金でご入館できます。
【お願い】 開館日等詳細は変更になる場合がありますのでご来館前に当サイト開館案内カレンダーや電話でご確認ください。電話:075-531-3773

「薩長同盟から維新へ」開催に当たって
 幕末の長州藩は苦難の連続に直面した。孝明天皇は、過激な攘夷に走る長州藩についていけず、公武合体派の中川宮や会津藩、薩摩藩が中心となって、尊王攘夷派の三条実美ら七卿や長州藩を御所や京都から追放した。いわゆる八月十八日の政変というクーデターである。さらに翌年には、禁門の変が起こり、率兵上京した長州藩を会津藩や薩摩藩を中心とした幕府連合軍が追い払った。軍事力をもって失地回復を図った長州藩は朝敵の汚名をきせられることになる。
 薩摩藩の西郷隆盛は、徹底的に長州藩を叩こうと考えていたが、幕臣の勝海舟から「すでに幕府には政権をになう力はない」といわれ、長州への処分を穏便なものにしようと方向を転換した。
 西郷の軟化を察知した土佐藩の中岡慎太郎や筑前藩の早川養敬らは薩長和解の可能性を見出した。しかし長州藩と薩摩藩は犬猿の仲であった。幕府側では一橋(徳川)慶喜、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬の一会桑権力が強い力を持っており、薩摩藩は脅威を感じていた。
 龍馬は新しい日本のためには、薩長の和解は不可欠と考えていた。龍馬は両藩を武器の商取引で結びつけ、その仲介を亀山社中が受け持った。そして慶応2年(1866)1月、京都で龍馬が仲立ちし、木戸孝允と西郷は薩長同盟を結んだ。
 次に薩長は討幕をもって新政府の樹立を目論み、龍馬は武力を背景にしながら大政奉還を推し進めた。慶応3年(1867)10月14日、大政奉還は実現したが、その一ヶ月後に龍馬は維新を見ることなく殺害された。しかし、龍馬の国家構想は五箇条の御誓文に引き継がれていくことになる。
 薩長は、徳川慶喜の大政奉還によって討幕の密勅を骨抜きにされたが、公家の岩倉具視らと王政復古の大号令を主導し、徳川家に領地を返上させ、新政府の財源にしようとした。その後、戊辰戦争と並行して、木戸や大久保利通らが中心となって明治新政府が誕生する。
 今回は、松陰をめぐる人びとを中心に、薩長同盟や明治維新を俯瞰する展示である。同展にご協力いただいた関係者に心から謝辞を申し上げます。
 
 平成27年(2015)9月吉日                                 霊山歴史館

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