【お知らせ】
松下理事長 新年のごあいさつをニュースページに掲載しました。
*ニュースページはこちら
【お知らせ】
新年は1月4日(日)より開館いたします
*1月5日(月)、12日(月・祝)は開館します
*1月13日(火)、14日(水)展示替えのため休館
【お知らせ】
本年度の企画展スケジュールを公開しました。
4つの企画展で皆さまのお越しをお待ちしています。
2025.03.09
【霊山歴史館 友の会】友の会についてのご案内、入会申込は以下のリンクよりお願いします。
*詳しくはこちら
2023.05.17
【企画展と常設展】
霊山歴史館は大きく以下2つの展示コーナーにより構成されています。
(2022年1月26日より)
■企画展
新しい切り口で人物、時代をとらえるテーマ展示コーナー。通常展示では見ることができない逸品も展示。
■常設展
倒幕・佐幕両派がともに活躍したここ京都で、幕末維新史を双方の視点から捉えるという考えに基づき、貴重な史料を常時展示しています。
詳細は⇒ 常設展
2022.01.26
【校外学習・修学旅行のみなさんへ】
皆さんから、よくある質問を下記リンクページにてご紹介しています。
学校関係者の方々も参考にしていただければと思います。
https://www.ryozen-museum.or.jp/guide/school/
2021.10.21
常設展
メイン展示では、坂本龍馬、新選組・幕府関連にスポットを当て、貴重な資料を常設展示しています。また、当館 初代館長・松下幸之助(パナソニック創業者)と霊山に関するコーナーも新設展示しました。
2022年1月26日~
「武市半平太 没後160年 龍馬と武市半平太」
土佐勤王党の盟主になった武市は、文政12年(1829)、上士待遇の郷士である白札・武市家の長男として生まれました。容姿端麗で文武両道だったため、同志から別格に扱われましたが、6歳年下の龍馬とはからかい合うなど、2人は仲が良かったそうです。
武市は文久元年(1861)8月、江戸で土佐勤王党を結成し、「公武合体」だった土佐の藩論を「尊王攘夷」「一藩勤王」に変えることを目指しました。そして土佐で最初に土佐勤王党に加盟したのが龍馬でした。
ところが龍馬は土佐藩に拘り過ぎる武市らの姿勢に違和感を覚えるようになり、文久2年3月に脱藩しました。
吉田東洋の暗殺後、土佐勤王党は台頭し、最盛期を迎えますが、やがて前藩主の山内容堂が勤王党の弾圧を開始しました。
そして武市は投獄され、慶応元年(1865)閏5月、切腹を命じられました。37歳でした。
龍馬や武市、2人を巡る人々の展示をおこないます。
11月12日(水)~1月12日(月・祝)
「将軍就任160年 徳川慶喜と慶喜をめぐる人々」
最後の将軍・徳川慶喜は天保8年(1837)9月29日、江戸・小石川の水戸藩上屋敷で誕生しました。父は水戸藩の9代藩主・徳川斉昭で、母は有栖川宮織仁(おりひと)親王の娘・登美宮(とみのみや)でした。慶喜は常に天皇家に対する崇敬や親近感を持っていましたが、それは水戸学の尊王思想の影響もありました。
水戸藩士からは、徳川家を再興できる人物だと大変期待され、長州藩士の木戸孝允は「一橋慶喜の胆略(たんりゃく)決して侮(あなど)るべからず。実に東照宮(徳川家康)の再来の如し」と、その胆力と知略は志士らに恐れられました。
一方で慶喜の九男の未亡人は、のちに「慶喜公という方は不思議な方で、ご自分の人生の大半を他人が作っている」と語っています。つまり周りの者たちが勝手に自分たちの理想を慶喜に託し、偶像化して祀り上げてしまったのです。
慶喜は忙しくても日記を付けるなど几帳面で、記憶力も良い人物でした。
この企画展では、そんな慶喜の実像に迫っていきます。
幕末維新ミュージアム
「霊山歴史館」のご紹介